tomoka's blog

自分が何者かわからない。何がしたいのかもよくわからない。自分探しの旅に出ても、いろんなインターンをしまくっても瞑想していた女子大生が、自分の「なりたい自分」を見つけ、前に進めるようになった理由。

江戸時代の人は現代人より旅好きだった~リスクを背負った25日間の長旅をする訳とは~

こんばんは。

   

ともかです!

 

今回は前回のブログの続きであった、

 

なぜ江戸の人々は大きなリスクを

負ってまで旅に出たのか

 

必ずしも裕福でなかった庶民たちが

どのようにして旅に出ることができたのか

 

の謎についてお答えしていきます。

 

前回のブログを見てないという方は先に

こちらを御覧ください。

 

 

 なぜ旅に出たのか

 

 

当時、庶民たちは観光目的での旅は

許されていませんでした。

その為、表向きでは神社への参拝

目的として旅に出ていたのです。

 

そんな中で人気があったのは伊勢神宮を巡る

「お伊勢まいり」です。

 

f:id:tmkgt:20171206204843j:plain

 

当時伊勢神宮は神社の中でも1番

と言われるくらいの人気を誇っていました。

 

更に、あの有名な東海道中膝栗毛でも

お伊勢まいりの様子が面白おかしく描かれ、

当時の庶民は憧れを抱くようになりました。

 

f:id:tmkgt:20171206200908j:plain

 

ですが、一ヶ月間の長旅…

旅の間に病気にかかり

死んでしまったという人もいたそうです。

 

そんなリスクを背負ってまでも

「お伊勢まいりの旅」は庶民達にとって

一生に一度の楽しみだったのですね。

 

 

なぜ旅に出れたのか

 

 

当時は徒歩の移動ということもあり

往復で25日程度もかかったといわれています。

 

その為

食事代や宿泊代が馬鹿にならないほどの

負担がかかりました。

 

庶民たちが簡単に出せるほどの

額ではなかったのです。

 

f:id:tmkgt:20171206195347j:plain

 

ではどのようにして旅に

出ることができたのでしょうか。

 

それは村ごとに「お伊勢講」という

仕組みがあったおかげなのです。

 

「講」の所属者は定期的にお金を出し合い、

くじ引きで決まった代表者

その年の「お伊勢まいり」へ行けるというものです。

 

当たったものは次回からくじを引く権利は

与えられないため、

「講」の所属者は

必ずいつか全員が当たる仕組みとなっているのです。 

 

そのため、六人に一人はお伊勢まいりへ

行っていたと言われています。

 

みんなで協力しあって「旅」に

出ることができたのですね!

 

 

まとめ

 

いかがでしたか?

 

今回は

 

日本人は昔から旅好き

旅は一生に一度の楽しみであった

村ごとに協力して旅に出ていた

 

ということがお分かりいただけたかと思います。

 

旅は人生を変えるきっかけを作り出せます。

 

今、簡単に旅ができる様になりましたが

江戸時代の人々は現代人以上に

旅の魅力を感じていたのですね。

 

 ぜひ、あなたも旅に関して

もっと追求してみてください。

 

きっと質の高い旅になるはずです。

 

最後までお読み頂き

ありがとうございます!

 

ではまた。